興味をひかれたものや学びの機会を頂いた現代短歌について、気ままに書いています。
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現代短歌考察
2016年4月16日
鈴木加成太氏 「革靴とスニーカー」より

アパートの脇に螺旋を描きつつ花冷えてゆく風の骨格

「花冷え」と言ってしまうと、花の季節の不安定な天候のなかの一時的な寒さのことだが、

ここでは、散る花=命の終わる花びら一枚一枚を表現している。

花びらの散る様子は、くるくるとかふわふわとか擬声語で詠まれつくしているけれど、

まさに形容すれば螺旋を描きつつで景が共有できる。

散る花はただ散ってゆくのではなく、風の骨格を見せているというから納得。

目に見えない風の骨格は、この時期には散る花びらを通して、秋には落ち葉とともに、

四季折々の骨格を見せてくれると知らされる。短い中で表現するとき言葉の選択の大切さを

再認識し、大切に想えた。


つづきはまた



2013年5月14日
薮内亮輔氏 「花と雨」より

炎であればもつとさびしい桜から鳥がとびたつ花穂をゆらして

 

作者は、桜の大樹から鳥が花穂を揺らして飛び立つ様子を見たのでしょう。

花穂を揺らしますから、当然、花びらも舞う。

短い命の桜の花びらを散らす鳥の様子を見ていて、さびしいと思ったのでしょう。

そう読む人は、今までもたくさんいましたよね。

それが、鳥であったり、風であったり、雨であったり・・・・・。

 
でも、ここが、この人のこだわるという魅力だと思うのですが、

鳥でも、風でも、雨でも、桜の樹自体の命を奪うものではない。

 

つまり、花穂を揺らされても、花びらがすべて散っても、桜の命は守られていく。

 

これが、炎だとしたら、命までも奪われてしまう。

だから、炎だったらさびしい
けれど、大丈夫さ・・・・

来年もまた会えるはず・・・くらいのさびしさだね。

 って、細部にこだわったさびしさの種類を詠んだのだと思いました。

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