1993年


旧 野榛 (現 天象)時代

1月号

雁来紅何を待ちおるそこかしこ鮮やかな斑色なき風に

安産の知らせに夫のかけつけて「ありがとう」とう声かけくるる

念願の男の子の生誕告げる夫喜び抑え送話器にぎる

力強く五指をひらきて乳を吸うみどり児の姿に胸あつくなる

生うけて二十日すぎたる吾子の瞳のきららかなるをしかと見つめつ

ふりそそぐ秋の日差しにつつまれて二児の母なる疲れいささか





2月号

腕に抱くかすかな寝息心地よくあどけなき頬にっこりゆるむ

子育てにひねもす追われ寝不足の眼に窓外の色づき増しぬ

いつしかにママが呼び名となりし今名を呼ぶ友との再会嬉し

赤まんま子ら寄り添いて祝い膳大人をまねる声ぞおかしき

爽籟の木犀の香を運び来て身をまといまたもどりてゆける

つつがなく林檎たわわに奥久慈路父より届く荷に秋ごころ




3月号  「想い出」  高点歌

想い出は書く行のない住所録新しき年消される名前

前のめり足元ばかり見てる我つっかいぼうをとってみようか

時のうず取り残された孤独感充電期間と強がってみる

ひき潮と悩むあなたのそばにいて明日は満ちるとささやくそっと

帰りたい過去のわたしに帰りたい 想い出はみな優しいものよ

もしもとう言葉残して受話器置くずるいよいつも埋まらぬ余白




4月号

同じこと幾度も書いて消している今年はじっくり歩いてみよう

木枯らしを分けてわが子の走りゆくビラカンサの実微笑む先に

凛として寒中に咲く花のごと皇太子妃の姿麗し

先生と職を退きても我を呼ぶ賀状の文字に成長を見る

健やかに今年もまたとニューファミリー粥に七草春を食べる日

一生を読み返せない小説と悔やみて友の離婚の報せ




5月号

白菜噛むシャリシャリの音に耳すます吾娘の無邪気な靨(えくぼ)に出会う

鶯の初音をまねて楽しむに顔ほころばせ喜ぶ童子

幼子の夢ふくらますストーリー語り聴かせる童話の中に

陽うらうら誘われ出でてゆるむ歩に如月の風まるく流るる




6月号 「死刑宣告」  高点歌

人道に背きて生きし歌人は死刑宣告静かに受けぬ

人として人を裁くに首かしぐ罪深きこと認めながらも

その叫び心に響きて鳴りやまずうた人は今死刑囚とう

死刑とう宣告受けしうた人の三十一文字に生きた証しが

ほらごらん幸福なんて曖昧さモディリアーニの絵の赤が言う

いささかに人の言葉に傷つけどさらりとかわす自分がそこに




7月号

心地よくテニスボールのはずむ音金糸雀色の風に追われて

時かけて寝かせし吾子ら振り返り独りの時間持てあますわれ

若者は異国に命かけて散る夢というには虚しき四月

気高くも何に命を捧しか親として問う国際貢献

自ずから「これで命を引き取る」と交信せしは戦死のごとき

なに人も人のためには生きられぬ己のためと言えば真実




8月号

吹き抜けてゆく風さえも忘れぬと一時帰国の叔母中国へ

ふたたびは郷里の土を踏めぬ叔母中国残留孤児と呼ばれる

新緑に袋田の滝音激し絶ゆることなく河と流るる

目覚めれば陽射しまばゆい今日の日は日常すててふとエトランゼ

いくつかのうそを重ねてまわり道生きてゆくのが下手な私




9月号

さり気ない仕草ひとつに見え隠れ生きていたいとそれが真実

何事も他人のためと言う人に嘘だと言えず立派と讃う

想い出を振り返っている私ならいつもやさしくなっているのに

列島が結婚の儀の色となるいつもと違う雨の降る今日




10月号

紫陽花に心魅かれて立ち止まる母娘のありて梅雨晴れの町

改革を叫びて車行き過ぎるその響きのみ虚しく残して

わたし今メランコリーよそう言って一人の時間過ごしてみたき

マイペース育児にうもれ忘れおり何故かしら今響き新鮮

空見上げ今日だけはぜひ晴れてねと鵲伝説誕生祝い





11月号

父と娘がともに歌詠む今日の日を永遠にと願う七夕流し

幾たびか送り火の日を重ねても般若心経不思議空間

母逝きて我は嫁ぎしそののちに父との距離の近づける今

ねじ花のこの指とまれ聞こえると紅むらさきを差していう吾娘

何となく暑中見舞いも出せぬまま寂しさ連れて秋立ちにけり




12月号

充実のひと日をひとり振り返る独学で受けし保母試験なり

目標は手の届くものその範囲ひとつの歩みと保母試験受く

さまざまの人集まりて保母試験しじまにただに鉛筆の音

学び舎で飛び降り逝きし若者の真実の声聞き出せぬまま

後の世に妣が待つとう独り言父の白髪をしみじみと見つ











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