1996年

旧 野榛 (現・天象)に所属

1月号

幼き日充分すぎる時間(とき)だった追われて生きる大人になった

過ぎていく時があるから新しき時また来ると感じて紅葉

一周忌鎮まれ想いさらば愛心を入れて封をする今日

君逝きてこの一年の定め無きあだしのの風なびくりんどう





移籍 1996年4月号以降 ぬはり社短歌会に所属

4月号  「豊かな光」

ふくよかな調べにのせて歌を詠む窓に春雪ふりつみてゆく

娘らが遊ぶ笑顔を背で感じパッチワークの針はスムーズ

春の日のカーテンごしのゆらゆらりいつも感じていたいね君と

ゆったりと過ごすひと日の美しき豊かな光われを包みて

この歌はどういう色に染めようかパレットの上混ぜ合わせてる

歓声はシャボンの玉に映る虹幼らのいてこころよい午後

一人居の父をなぐさむ古道具のたとえばそれは福寿草の黄

黄緑のソーダー水の泡のよう今日はつぎつぎ弾け暮れゆく





5月号  「早春賦」

梅の香の我に寄り添う眼交いに木伝う小鳥光散らして

まろやかな空気と光われを巻き小さき春をそっと告げゆく

そこここに生まれんとする様見えて光の春に期待する・何

ささやかな行き違いだと言い聞かす口論のあとの背骨が軋む

無意識に抜け道を作り生きている傷つくことは怖くないのに

いくつかの分かれ道を越えこの道を選び来たれど寒風の中




6月号  「春だから」

得意気にひよこ組とう名札付け導入保育過ごす宏章

春だからもどかしくても付き合える幼がわれに言いたい言葉

春だからいつもと同じ日めくりをゆったりとしたポーズで破き

春だから居眠る君の大の字も充電よねと掃除機もオフ

「君の名は」そんなセリフでせまっても三十女はときめかないわ

○×で決められたならいいのにね人の気持ちを推し量ってる




7月号  「さまざまな命」


葉桜を見上ぐる吾娘は我に向きお帽子かぶるの一緒なのねと

前向きに生きる五歳の我が娘には散る桜さえ愛しきものか

うす紅の短き命散りゆけば新しき季はふたたび生まる

春の宵父は寂しさ紛わす「ひとり娘」という名の酒と

階段に響くあなたの足音はきょうの気分を雨と伝える

「ねえねえ」と何度呼んでも知らん顔心はどこにでかけてますか

神様が君と吾との存在を一+一は二じゃないってさ




8月号  「心」

不確かな心の中の葛藤を君に向いては言葉にもせず

一歩でも私が先に行ったなら君はそうっと消えてゆきそう

吾も君も出逢いの頃は広かった心に今は壁と扉と

「まあだだよ」いつの間にやら遠ざかる心はずっとかくれんぼして

君と居て同じ空間持ちながら風の音聴く孤独な週末

イライラも心のいたみも糧として君と上手に暮らしていこうか

青空を心の中に持ちたいと瞳うるませ五月の空に

カモミールペパーミントを丹精す気持ちがグンと上を向くまで




9月号  「我のロジック」

君に向き言ってはならぬ一言を心に留めぬ息を殺して

愛ならば一人よがりのロジックも全部まとめて笑い飛ばして

飲みさしの珈琲の香の中にいて君には効かぬ我のロジック

曇りにも雨の日さえもそれぞれに良さがあるって気づく水無月

群青の大輪の花たどりゆく梅雨のさなかの足どり軽く

幼子の心を奪い匂いたつ泰山木は母が遺せり

特別な言葉もいらぬ温もりも何もなくても故郷がいい




10月号  「君逝く」

面影は時のまにまに溶けゆけど君逝く事実色濃くなりて

君逝きて閉ざした心そのままにこの上なにを失えばいい

君と逢いときめきの中で生きたことすべてが二度と起きない奇跡

君がため君が墓前に手を合わす手向ける花に安らぐは我

君がため手向ける香も白菊も確かに我のためかも知れぬ

動物も自然も人も同等と描く賢治の新しき眼よ




11月号  「寅さんの旅」

格子柄中折れ帽子タンカバイ心が澄んだ寅さんの旅

年の暮れ晴れも曇りもひとまとめ笑い飛ばせた寅さんが居て

閉じかけの電車のドアにさえぎられ君の声消ゆ柴又駅に

祭には帰ってくると言うように帝釈天の君の遺影は

ゆったりと時の流れに向き合いぬ旅のさなかの向日葵の街

夕焼けがなだらかな丘かけおりるひまわりの影届けよ君に




12月号  「晩夏と初秋」

遠花火眺むる人ら並びおりそれぞれの夏想いさまざま

もどせないジグソーパズルのワンピース君の言葉に試されている

生も死も隣り合わせと病む父はかわたれの窓を背にして語る

郷の秋道ゆく人のさびしさをやさしく風は吹き渡りゆく

枯れ枝に二羽の烏のとまりおりモノクロームの秋の夕暮れ

蜩は短き命燃やしおりカナカナカナとやがて消えゆく

手にすすき持ちて幼が笑みかけるおいでおいでと穂を揺らしつつ


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