<深部感覚>
家族でも恋人でさえもあらぬゆえ色も響きも探り切れずに
言い返す言の葉一葉さえもなく何故かと問えるあわいにもなく
響かざる深部感覚省みぬたった一つの音譜たがえて
やわらかき心ひとつを失くしたり卵の殻を割りそこねたり
火のにおい嗅げばふたたびあふれ出る涙のありて空っぽの胸
中天を白き翼の渡りゆくただ一点の迷いも持たず
ありなしの一夜の夢は儚くてまた坂道をのぼり続ける
かたち問う便り届きてうた詠みぬ残んの月光十字に揺るる
 
 
 
 
 
<つらつら椿>
はじまりのつらさは記憶に薄くなり続けることのつらさを問いぬ
             ときじくのかくのこのみ
後の世に耀きませと非時香菓も霜に耐ふるや
生け垣に灯りを点し咲く花は彼の人詠みしつらつら椿
立ち変わる君が姿を思い出ず心収むる場所無き日には
雪ひだに波打つ影のいくすじを心と重ねしばし見つむる
雪がてに微かにとどく梅が香に眼裏うるむ心弱き日
やわらかに咲く花びらに言寄せて便りしたたむもうすぐ春と
いつの日か帰り来るまで寒風の中にありても香を際立たせ
 
 
 
 
 
<胸の火>
誰が泣くや耳に届きぬ虎落笛思い寝するとも心通わず
寒風に「これはわたしの忘れ音」あきらむることは難きにあらず
藪椿こころ幾重に思えども一花ごとに名残無く消ゆ
夢に立つわが胸の火と物思う あなたはあなたのことのみ思う
去年今年抱えきれずの煩いの我が手に払うきょう鬼やらい
白き花うす紅の花ほころびて光とともに春立ちにける
かすみつつ波穏やかに春の海自在性もつことなき体
穏やかに見ゆる波間に沈めしは命を持たぬ冷たき意思の
 
 
 
 
 
<おもかげ>
枯れ枝に来し方行く末抱えつつ一樹はここに天をめざせり
ありつつもにこやかにあるおもかげをこの胸に抱き日々過ごさんと
悩みつつ頭を垂れて松のかげ空の高きを忘れてしまいぬ
霞み暮る宵の足らざる心にはどんなワルツをおくりましょうか
「明日」とう歌口ずさむさりげなく今日のさびしさなかったように
いつの日かふたたび満ちて咲く花と信じて仰ぐ空は春色
この身より知らず彷徨う影ありてとどむる術なき君への思い
温もりを持たぬ時間を切り捨てん恋瀬橋ゆくひとり思いて
 
 
 
 
 
<心に乗りて>
やわらかき風のリズムのここちよく眺むる花の心に乗りて
桜ばな咲き満つ今に散り際をうつす我が身のともにかなしき
しくしくと今日降る雨をながめつつ水面を染める花を思いぬ
ひとしきりふるふるふるると散る花に調律されて歌は生まれる
みちのべをはしるはなびらおいかけてゆくおさなごにあいはあふれる
散りぬるを我が身と泣くも花びらに涙にかぎりはあるとつぶやく
うす紅に染まりし道をゆく人の背中に歔欷を思う週末
                           かげ
渇きたる心をほんの少しだけ潤し伸ぶる新緑の光
   
 
   
 
 
<鼓動合わせて>
  さわさわとみどりの原を風わたり無邪気に遊ぶ野の花揺れて
  明日への希望をたたえ一滴の水は呼吸を調えてゆく
右肩の少し凝りたる会話にも微笑みこぼす木洩れ日ありて
太陽の忘れ物かも知れないとちぎれた雲のかたちを追いつ
身勝手なひと日を抱いて沈む陽がピリオドを打つあしたはあした
コツコツと足音響くあい色のドアが開くまで鼓動合わせて 
不調和と安定という曖昧がちいさな世界で交差してゆく
赤き月黄金の月銀の月大気に揺るる時の番人
 
 
 
 
 
<生きる>
                                ひかり
やわらかな強き愛へのあこがれに嬰ハ短調で流るる月光
届かない思いに雲はさかりゆくただに見つむるかなしき一葉
偶然の重なりがいつか必然に淡い光を放つ星たち
触れ合えば不協和音は耳の奥「生きる」意味など問い続けつつ
愛恋もつぶやく声も消し去りて生きたき想いを波が消し去る
波ひきて誓いしものの崩れゆくさびしき瞳が足跡見つむ
                         ひかり
実感を持たないままに生かされて小さき陽光に涙がにじむ
掌にうけた雨つぶこぼれ落つちはやぶる胸をしずむるリズムに
 
 
 
 
 
<ねじ花>
ねじ花のくるくるくすと笑まいたる声の弾けて風が生まるる
待つことに疲れたようにねじ花はねじれねじれて空に向かいぬ
動かざる軸持ちて強きねじ花は螺旋のエナジー野原へ歌う
手をひろげ晴れ渡る空抱きとめて背中にきみを感じていたい
草花の歌声届く野の原に時知らず詠むしなやかに詠む
台風があくた浚いし青空を味方にキャッチボールする子ら
歌という一つの文字を抱きしめて時知らず詠むしなやかに詠む
大きな手もつとう人への憧れに夢もうつつももてかしずきぬ
 
 
 
 
 
<風の盆>
                          そら     おちこち
この幹にくくりつけたるふらここと大樹の分かつ世界の遠近
見渡すも寄りそう雲なくただに蒼たびの終りと消ゆる綿雲
いく夏も慰霊の火ともす列絶えずかの日を思うことのなぐさそ
「唄われよ」「わしゃ囃す」とう風の盆三日三晩を心あずけて
天高き空の何処にか君は在る リバースしている風の盆歌
千年を越ゆる想いにならぬまま盂蘭盆に送る三年の恋
何もかも語り尽くしたはずなのに眼下に拡がる眠らない街
脱ぎ捨てたズボンと化すも一頭の獅子の眠りは守られている
 
 
 
 
 
<紅き花>
秋の陽に凛と立ちたる曼珠沙華 むこうの岸に待つ人はなし
逢うごとに包み込まれる空間を拡げんとする 綿毛をとばす
ゆきあいの空を見つむや遠き眼で傍えに添いて咲く雁来紅
苦しみの三つ四つと語り放く私を見つむひともとの花
あきやまの色なつかしき撫子のよりつつましく一人の企み
更けてゆく秋の夜長を語らえば剥離してゆく現実の闇
ただ遠く高くゆきあう秋の雲 あなたの見つめる空は何色?
あした来る時間はどんな時間でも今夜はまあるくなって眠ろう 
 
 
 
 
 
<現在・過去・未来>
街の灯は怯ゆるものに微笑みぬ夜の深みに吸い込まれぬよう
明け遅き時間の流れまどろめばアンバランスに重なる呼吸
逢うごとにたぐる音色のことなりて数秒間を語らう鎖骨
身のほどを知らばさくらの色づきの光に透けし葉脈愛(かな)し
ゆきあいの空を見つむや遠き眼で傍えに添いて咲く雁来紅
現在と過去と未来が同居して溶けて無限の夕焼けとなる
午後9時の快速電車で西にゆく幽かな温もりゆびきりげんまん
つらつらと空虚な言葉送り出すくちびる・瞳はアンバランスに
 
 
 
 
 
<悼み>
細き葉に小さき光をつつむ露  ひとつぶひとつぶ消ゆる朝は
なかぞら                                いちにん
中天の雲より静かに降る雨はただ一人を想う涙か
夕焼けてひとすじ白き空の道きみへ続けとつぶやきてみる
忘れ得ぬ笑顔ひいふうみと数う掌よりこぼれて光と降りぬ
またひとつ溜め息ついたと声のして我に向かいて光る星ひとつ
存在と不在の境界ゆきかえす カタコトコトと風にさそわれ
ひんやりと強張る細き指先をゆっくりとかして朝陽のぼりつ
変わらずに薄桃色の朝が来る「ずっと好きだ」と言えばよかった
 深部感覚    つらつら椿  胸の火  おもかげ  心に乗りて   鼓動合わせて
 生きる  ねじ花  風の盆  紅き花  現在・過去・未来 悼み
<2005>
短 歌
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