< 有紀 (あき) >
八日吹き今日の不安の白き息「風にかえそう」また進むため
なめらかな低き音色のサクソフォンシンフォネットに夢を紡ぎぬ
「受験生」「言葉の呪縛」「冬の空」「あなたが春を呼び込めばいい」
問題を解き続ける手ペン先に描ききれない未来はあるはず
有紀の「有」は存在という意味を持つ「信じて生きよゆびきりげんまん」
朝焼けをふた手に抱きて伸びをする光の中に子は微笑みぬ
進むべき道をさがして右左もどかしさを解く呪文はひとつ
日常に「金魚のえさ」と書き加え今日をはじめる朝何気なく
   
 
 
 
 
 
 
    
<わらべ歌>  
ちゃんづけで名を呼ぶ声に振り返るきらきらほろり堅く結ぶ手
つないだ手はずれてひとつ影法師つぶやく歌に月日流るる
闇が呼ぶ夜の扉をとおりゃんせ消しさりがたき面影負えば
哀しみの往き過ぎるまで目を閉ざすうしろの正面誰とも問わず
替えがたき花いちもんめ離せぬ手かえして欲しき人などあるも
駆け寄り来 愛に愛持つ幼子は冷たき風に頬染めながら
しなやかに生きる術などあれこれとうららなる陽の射しくる窓辺
サイコロは振らない神を知りてよりすこしだけ広く感じる空を
 
 
 
 
 
 
 
 
<変わりゆく刻>
頬伝うしずくにふとも目覚むれば夢に立つ人きょうの愛しさ
いつのまに放れた二人 手をかざす自失の海は光を反す
朝焼けの黄金(きん)色夕陽のあかいいろ変わりゆく刻を好きだとおもう
夕焼けて西のかなたに陽が沈みプラ-マイ-ゼロになるときめきの
ほのかにも光の春に守られて小さき蕾みに息づかいきく
泣き笑いつぶつぶ語遣う赤ちゃんの空間定義はやさしき引力
 
 
 
 
 
 
 
 
<春の音>
反復奏法(トレモロ)に風立ちふるると運ばれた春が見えますあなたの傍に
身めぐりにももいろの風さやさやと弱拍(アウフタクト)ではじまる4月
ほつほつと小さき花のうすべにのひともとごとの即興曲(アンプロンプチュ)
ひときわにピチュチュピチュチュとゆく鳥の助奏(オブリガード)に花も踊りぬ
春の陽と風と小鳥とさくらばな無限旋律奏でよ永久(とわ)に
ひらひらと枯れず舞いゆく花びらはまた来る季節(とき)の旋律断片(モチーフ)たらん
 
   
   
   
   
   
   
<五感>  
いつからか移ろう季を「寂しさ」という字に代えて心に留め来
往くときを過去は過去とは言い切れず散りゆく花もなみだに見えて
馥郁と沈丁花咲くはつ夏に移ろう季節見ぬふりしても
新しき芽より零るる朝露のひとつしずくに耳を澄ましぬ
一歩ずつたどる草葉のちさき露しばしのときを映して消ゆる
移ろいを見る目聴く耳語る口香り知る鼻触るる手いとし
 
 
 
 
 
 
六月(異称)を詠む
写しえの風待月の君の笑みふと聴こえ来ぬ途絶えし声が
言葉にはせずとも常を向き合いて皆し尽くした月も九日
サムライよ雷鳴月に奮い立て紫陽花はもうジャパンブルーだ
どんよりと雲におおわれ見えぬ空W杯かなしき蝉の羽月に
イレブンの挑みし世界の壁厚く弥涼暮月(いすずくれつき)淡き微笑み
雷の遠くとどろく水無月のかすかな光に紫陽花は咲く
    
    
     
    
    
<運命> 
  負のエナジー受けて紫陽花くすみゆく バランスひとつ保てぬ心
  梅雨の間に風が創りしヴェール雲そらの想いは隠して運ぶ
 
一球の七回裏の残響を抱えて君はマウンドを去る
  生きること 貫く価値と 死すること 呪文は七音 「コレは運命」
  運命という四文字を手に掬う わずかな時間さえも愛しい  
こころよい七分間のラグタイムあだし世はなべてシンコペーション
 
   
   
   
   
   
<あこがれ>
薄桃と空色のピンチひとつおき洗濯物干す風もハミング
ここちよき涼風運ぶTシャツのにおいはやさし秋は近きと
碧天を背負いし欅の街路樹のもとに憩いぬ通勤のみち
太陽の透かすむくげの葉脈の朝の息吹に歩みを留めぬ
はつ秋の空の高さにあこがれてうす雲スイッとはばたき消ゆる
追いかけてみたきうす雲消ゆるとき名も知らぬ鳥は西のかなたに
 
  
  
  
 
 
<映画>
無数なる因果系列の交錯の『シェフと素顔と、おいしい時間』
足跡をたどり来たれば一本の道拓けゆく『イルマーレ』まで
アボカドとマグロとオニオンスライスと今日も『マーサの幸せレシピ』
二つ目の角に執着脱ぎ捨てぬ『武士の一分』に出逢い来たりて
答えなど要らぬあかしの道行きに『赤目四十六瀧心中未遂』
想い出のときを刻みし文字盤は深きみどりのアナログ時計
 
 
 
 
 
 
<風のゆりかご>
むらさきの個性をつよく主張して舌をくすぐる巨峰ひとつぶ
ゆりかごに子守唄聞き秋の陽に抱かれてひかる栗の実ひとつ
いがいがは意外にやさしき温もりと栗の実眠る風のゆりかご
鼻歌にエリンギシメジ舞茸とハンドル握るあなたの郷へ
ほっこりと池に映りし影さやか月の円さに肩寄せ合いて
ただ詠うことの難きを身にしみて星の樹海にこころ泳がす
 
 
 
 
 
 
<瞬間>
瞬間を生きねばならぬと張りつめた  夕焼け色に海も泣いてた
君が眼にほんとの姿は映らぬと光を背にす酔芙蓉なる
今という時間が過去に変わる瞬間(とき)永遠となり思い出と呼ぶ
呉竹のうきふし知りて白道の月前の星ただに静けし
君の背が遠ざかりゆく瞬間の手に握りしむ携帯電話
オレンジの街灯沿いに会話する右手に運ぶ声もいとしき
 
 
 
 
 
 
<心の欠片>
にじむ目に水上バスの波立ちぬ別れの時間の近づく午後の
まどろみの耳もと深く満ち潮の波の音聴く 離れたくない
重なりて心の欠片わが内に溢(こぼ)して発ちぬ 眠らない街
未来図のひとつも描けぬ旅だけど確かに君に逢いに来たんだ
欠けてゆく月かげにそっと手をのばす冷たい空気と止まらぬ時間
空白の時間はつねに埋まらない 知らないことは知らないままで
 有 紀  わらべ歌   変わりゆく刻   春の音   五感   6月(異称)を詠む
 運 命 あこがれ 映画 風のゆりかご 瞬間 心の欠片
短 歌 2006
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