1月   春遠からじ

     
励ましの言葉ひとつを身のうちにやさしきポトフ温めなおす
明日のため「カツ」にしようとキッチンに受験を支える母の顔して
先生と生徒のあわい行き来する濾過をしきれぬ言の葉拾う
近づくと思えばまたも遠ざかる波の満ち干と似通う心
不確かな眠りにつづる初句五音朝日の中にたどれぬ記憶
ベランダの大寒すぎの蝉氷 白紙のままの原稿用紙
  
  
  
  2月   「ドレミのうた」 
 
 
   いち
クラブ一腕白坊主のキリちゃんの大好物がママのドーナツ
「父さんに叱られたんだ」キリちゃんの今日は酸っぱいレモンのレの日
強がりにちゃらけて「みんなのミ」と歌う幼の急な引越しを聞く
消えそうな「ファイトのファ」にも握りしむ小さなこぶしはさよならとなる
いつの日も腕白坊主のままにあれ君の見上げるソラは青空
さよならと解いたこぶしの手のひらに次はしあわせ握れと祈る
 
 
 
 
   3月   未来への扉 
 
 
「革命のエチュード」響く分岐点 空中ブランコ両手を放せ
入試へと向かう朝にも日常の「いってらっしゃい」「気をつけてね」と
                                            こ
「選択」と「受験」と「合否判定」に揺れて息子の空曇りのち晴れ
未来への扉をひらく鍵受くる吾子の瞳は前を見据える
  ご う か く
「高校合格」の鍵を握りて開くドア背すじ伸ばして子は踏み出しぬ
意志持ちて放す子の手は羽となりグゥーンと上昇気流に巣立つ

  
 
 
 
   4月   轍 
 
 
雨に耐え風に寄り添う一初に返し歌など考えており
一輪は閉じたるままの二輪草揺り起こさんと春風の立つ
春されば三葉躑躅の鮮やかに立ちて工業の街もはなやぐ
思い出におさめたひとりに会いたくて四手林道の轍たどりぬ
 き  ぶ  し
木五倍子垂れ動く空気に霧晴れて再びを待つふるさとの山
煩悩と言えばたやすき痛みなり 兼六園菊桜百重に

 
 
 
 
  5月   温き時間


                        あいまみ  ぬく        
ふたとせを四とせを越えて相見ゆ温き時間はここに生まるる
                                            は  な
やわらかな文字で書かれし短冊にわが歌の福寿草やさしく咲きぬ
ひと文字の差異や足らざる歌言葉 小さな時間に思いが及ぶ
あやとりの指を休めて窓外の春のひかりに見る紫木蓮
だまし舟帆先に二本の指添えてひらく瞳に笑顔のおさな
とりどりの花に微笑む人が好き写メの画像を眺む幾たび 

   
 
 
 
  6月   隠喩(メタファー)


天変に怯ゆるのみにあらずして不安定なる日本列島
白き花供えてフラットする心無残に散りゆく命をたどり
ソラミミは死のメタファーどんみりと夕暮れに白き靴音を聞く
立ち止まりどちらが前かと見失う受け入れがたきことの多くて
ももくさ
百種の言の葉先の鋭さも流るる水に浮かせ流さん
高きより香りとどけて咲くきみの名は泰山木梅雨を生きぬく

 
 
 
  7月   バトン


おしまいに線香花火ほのと消ゆ子らは涼しき風の尾を見る
想い出をぽろぽろこぼし歌いつぎはにかむあなたに小さくハモる
グダグダに酔いて歌いて語り合う『30年を2時間半で〜』
点が線・・・線が交わり人々の記憶束ねて記録となりぬ
無数なる点があつまり記されし足跡がいま歴史を名告る
渡されたバトンに夢を握る子の「終わり」はいつも「始まり」のため

 
 
 
   8月   盂蘭盆会


何もかも失くした昨日に打つ句点笑顔にもどる改行をして
月かげに般若心経とおく聴き風を漕ぎゆく失いし日へ
悲しみを分かてば減ると言いし人なべてかなしみ連れて旅立つ
まどかなる君が心と眼とことば焚く迎え火に想い出たどる
この胸に「覚悟」という文字抱きとめて生きて生きぬく君の思いを
           いちにん
それぞれに一人のみの持つという笑顔のひとつ思う盂蘭盆

   
 
 
 
   9月    きわみ


この道をこの先何歩進もうと逢えぬあなたを待つ奥津城に
蟋蟀に啼くなと唄う盆歌のさびしき窮み胡弓もなきぬ
夜流しの菅笠深く忍びゆく会いたさ見たさ風の盆歌
静謐のきわみ描きしフェルメール「天秤を持つ女」の寓意
                                   かげ
フェルメールの描く少女の耳たぶに光は定まるやさしきままに
水平にならざるままに天秤にわれは「魂の重さ」を問いぬ

   
 
 
 
   10月    冷たき頬


納棺に触れいし頬の冷たさに伯父逝きたるをしかと受けとむ
かたくりを好みし伯父と野に立ちぬ写真のなかに小さき私
遠き日の浦島草にきじむしろ伯父のジープに深山めぐりぬ
伯父逝きて抱きし夢を語り継ぐ時間は途切れ残されし椅子
折々に伯父の語りし中国の景色は今も胸に息づく
足の冷え辛きと言いし伯父のため贈りしウールの靴下遺る(のこる)

    
 
 
 
  11月    ゆったりと、ゆっくりと


お迎えに来るなり母は「ねえ早く」おさなは笑顔曇らせ帰る
「しばし待て」親に語れば角も立つ『ゆとり』を言わず親子を送る
「明日またね」指導員として笑顔向けゆっくりと押すおさなの背中
向き合える時間はせめてゆったりとおさなの瞳見つめ語らう
ゆっくりとコーヒー落とす夕さりの落ち葉ひとひら秋極まれリ
                            と き
コーヒーの香り満ち来る深き時間七つ下がりの雨は止まない

 
 
 
  12月    親・子


軒下にオレンジ色のつるし柿見上ぐるごとに思い出に亡父
軒下の干し柿の朱見るごとによみがえる亡父の満面の笑み
                                                      かた
いかがかと少しの無茶を身に科して生きゆくことの難さを知りぬ
指折れば忘れたきことも多かれどかなしき日々は見ざる謂わざる
鼻歌に洗う息子のユニフォーム「ドロの汚れは捕手の勲章」
隣室に娘・息子の遣り取りの笑い声聞きつ年も暮れゆく

2008年

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