2009年

1月  みどり


目に見えぬものも信ずる心などうべないながら育ち来し日々
何色の糸をたどれば遇えるやらひとたび切れしを結ぶは難し
「行け。走れ」学び舎にむかう坂道に駅伝応援続けしかの日
伝統のみどりの襷つなぎたる若人の汗のひかる箱根路
箱根路の襷の重みたわやすく言えねどただにゴールを祈る
寒月のしたたりと見ぬ朝の露千両の葉のみどり色増す
  
  
  
2月  笑い進みぬ


右肩にかかる重さに耐えられぬときが来たれば「重い」と叫べ
右肩が重いと感じし今日の日は右肩さがりに歩むも良しと
バランスをくずしし心をうべないて右肩をそっと支えくれし人
振り向かぬそう決めたるは凝りすぎし首のせいかと笑い進みぬ
ゆったりとゆっくりとなおやさしくと時の軌跡を円かな線に
「甘いわ」とたしなめられしもわたくしの生きゆく術(すべ)と笑顔返しぬ
 
 
 
3月  やさしくあれと


アダージョに「月光ソナタ・ハ短調」哀しみありてもやさしくあれと 
いつか見し寒緋桜のつよき紅かすみかかりてさびしきまでに 
梅が枝に薫れる雪の開き初め静寂のなかには君が微笑む
往きすぎてもどれぬ時間の後悔と狎れあいに赤き満月が降る
「やさしさ」に感謝されつつ見送らる卒業の娘(こ)のまぶしくありて
見しことに聴きしに今しやわらかな言葉添わせて歌を詠わん
 
 
 
4月  さんぽみち


旅立ちを知らせる風にたんぽぽの綿毛は二寸の命をのせて
ぽこぽことつぼみ弾けて春の風どうだんつつじの道歩みゆく
ため息をつくことさえもためらいて見上ぐるときのからたちの空
ピンク白さんぽの道の芝桜まもる強さを持ちて地を這う
                         あぶらちゃん
手折られてなおかぐわしき油瀝青わたしはわたしのままに在らんと
ピチュピチュと高鳴く鳥の三羽二羽ハーモニーするすずらんの花
 
 
 
5月  飛べない大人


大声に「とんでみたい」というおさな 笑いて哀しき「飛べない大人」
無防備に小さき櫂で漕ぎ出せば波の強さにとまどい覚ゆ
                すべ
現実を生きゆく術と諾えば天使にもなる悪魔ともなる
潮風を運びし声にうなずきてうなずきながら波はしずまる
ひとりでは気づかなかった青空の大きさ深さシ・ド・レ・ミ・ファ・そら
いつのまに背負えるものの増えたるか息子の背中大きく見えて
 
 
 
6月  作る


けざやかな色に届きし紫陽花の小さな写メに寄せいる時間
                       こ  じ
水無月の紫陽花色の古寺に立つ写メのまどかさ 保護キーを押す
紫陽花のふる寺に立つ時間ごとトリミングされし二行のメール
美しき紫陽花の写メに癒やされていつものようにキッチンに立つ
マッシュしたポテト彩るベジタブルわたしの時間もつくられてゆく
熱々の危険水位はとうに越えパスタをゆでる君の好みに
 
 
 
7月  国宝 阿修羅展


                      くう                 ろっぴ
仰ぎつつ祈りを捧げ空を抱く阿修羅の六臂に作らるる界
苦悩とも悟りとも見ゆ阿修羅像広げる腕には光溢るる
三面と六臂に伝うる迷い言 ここに問いかく阿修羅の闇を
作り声つくり笑いに本心を隠し生き来し怨憎会苦を
                                                   ふ   る   な
単純に行かないことの多くしてただ手を合わす富楼那立像の前に
わたくしの心の音をひろわんと慈悲のひとみに見下ろす菩薩
 
 
 
8月  高校野球


ポジションの変わる不安をそれぞれに抱えしチーム高校球児
                                                               こ
グランドにベンチにそしてブルペンに役割果たす喜び説く息子
「手は脚は」と心配ごとも多けれど高校球児は泥にまみるる
伸びられぬ時には足元固めんと夏の日差しの強さうべなう
おりおりの強き日差しに負けしとき夕べの月かげまどかにさしぬ
帰り来る子らの笑顔につつまれておだしくありぬ伯父の御霊も
 
 
 
9月  夏から秋へ 


茎先に個性豊かな白き花ちさきやさしみ見る藪茗荷
「身体には気をつけてね」と書きくれし歌友は逝きぬ返信待たず
失敗の記憶ともなる三行の日記を記す ちさき蜘蛛這う
透き通るちさきからだに大いなる海をたたえて泳ぐ白魚
透明のからだのままに届きたる白魚の目の黒さに見らる
秋漁に届く白魚より白く古代米なる上にかがやく
 
 
 
10月  こころ葉  


通い合うこころ葉あまた歌の師の米寿祝いに集ううた友
言の葉に言い尽くせずも心葉はみじかやかなる再会に添う
                                な ら   みやこ
千年余の歴史の中に今立ちぬ平城の京に雲たなびける
どんぐりの森また森の深ければ朱にたつ大社の高きを知りぬ(春日大社)
穏やかな面輪におわす盧舎那仏ときはあなたの手の中に在る(東大寺)
生きるとは振り返らぬこと進むこと驚きながら慣れてゆくこと
 
 
 
11月  ひまわり迷路  


霜月の大地にしかと根を生やすお日様色のひまわり迷路
ゆるやかな大地の風に陽をおいて立つひまわりの笑みに応える
きみがゆき はるゆき なつゆき あきがゆき 時間は変わらず流るると知る
つぶやける日々の笑いと涙とを見つめて高きカロリナポプラ
散りゆきて庭先染めるオレンジの金木犀のさらにかぐわし
                                                      わた
「もう無理」と捨て去れず立つキッチンに秋刀魚の腸の苦さを思う
 
 
 
12月  ともだち  


振り返り振り返りして日を重ぬ 意を得ず燃ゆるもみじの紅し
ゆく道の小さき小石のカドカドを楽しむきみの心根が好き
おさなごの声の響きに見る景色 だるまさんたちころんで笑う
二人居て笑えばすべてが温かい「君が笑った。つられて笑った。」   (『君はともだち』より)
耳もとに明るく笑う君が声ときにつまづく者へのエール
霜降れどなお緑濃きたちばなは橙色の実をかがやかす
 
 
 
 
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